Following life 3 怒涛の帰国後1年間

〜近況報告致します〜

お久しぶりです。まずは心より謝罪申し上げます。あれだけ書く書くと息巻いていた最後の更新から半年が経過してしまいました。全く更新できてないのにカテゴリーでは立派に帰国後編とか題していてお恥ずかしい限りです。今回はそんな私の帰国後一年間を軽く振り返って、改めて1年前(出発に関してはもうすぐ2年前ですね)の留学をどう捉えるのかについて綴らせれいただければと思います。近況と題しているのですが、それもほとんど過去のものなので細い記憶の糸を辿りながら書いていきます。

 

帰国直後の夏

帰国後にはまず最初の大きなイベントとして就活が始まりました。オープンメディアなので詳しい情報は書けないのですが、何よりも焦りとの戦いが本当にきつかったです。帰国してすぐに会った友人はみな大学4年でほとんどがすでに就活を終わらせていました。

 

帰国直前から当日にかけては、留学での強い刺激とのギャップでかなり苦しい時期になるだろうと予想し、苦悩していましたが帰ってみるとそんな余裕もないぐらい就活に追われていました。帰国してすぐ会う元同級生の友人とはいつも留学の話より就活の話が多くなります。もちろん全員が留学のことを聞いてくれて、特に良き友人に会えたことを喜んでくれましたが、同時に就活をどう進めていくのかを聞かれることもままありました。この際に、自分が楽しんでいた間に頑張っていた友人の姿勢にものすごくギャップを感じ、まるで留学前の日本でも、スウェーデンでもない別世界に来たという感覚でした。

 

僕の就活は一つ目の登竜門であるサマーインターンという夏の短い(文系だと最長でも5日のものが多かったです。)就業体験やディスカッションワークに申し込むことから始まりました。帰国前も、下調べやエントリシート(以下ES)の下書きをスウェーデンに遊びに来た友達から教わって少しずつ始めていましたが、正直ぬるっと始まったため、実際に受験勉強のようなそれに打ち込んでいるという感覚は薄かったです。

 

この時期に一番悩んだことはシンプルにサマーインターンに通らないということです。僕は最初から最後までグローバルという軸を持って企業を探していたのですが、それだけでは抽象的すぎてESの内容が薄くなってしまうことも多々ありました。加えて、当初から応募していたのが大企業ばかりだったのでそうも簡単に通過できるはずもありません。そして何より周りに今いる元同級生の友人がすでに内定を持っていることも重圧としてありました。こうなることは最初からわかっていたはずなのに、それでも苦しい時期でした。

 

そんな時期でもなんとか就活を頑張れたのは、帰国後も連絡をとっている留学生の友人や留学先で会った日本人の友達たちでした。一年間同じ経験をしている分、多くの苦労や悩みに共感してくれて、非常によいリフレッシュになりました。みんな帰国後もそれぞれの向かうべき道に一心で進んでいる姿からも大きな刺激を受けました。

 

留学中に最も長い時間を一緒に過ごしたフランス人の友人であるクロエとマノンと電話した時に、「他の友人とは違う形かもしれないけど、留学中にした苦労だって努力の形の一つなんだから自信を持て」と言ってもらいました。スウェーデンでの経験を思い出のまま終わらせずに、経験に昇華して次のステージでも頑張っている彼女たちの姿勢から学ぶものは本当に大きかったです。

行き詰まった時はいつも自然の中でリフレッシュしていました。

成長の秋・冬

なんやかんやで秋ごろには自分が何がしたいか、特にグローバルという中でもただ単に業界を決めるだけじゃなくて、どんな仕事をして、どんな生活を送り、どんな形でグローバルな世界に身を置きたいかということが、改めて深く考えてみることで見えてきました。ただ単にどうすれば海外にいけるかということだけではなく、そこでどのような仕事をして何をしたいかを考えたのですが、この時の思考の芯にはスウェーデンでの経験が大きく活きたと思います。

 

多くの人が言っていることではありますが、留学経験そのものが就活で直接的に評価されるかと言われれば、必ずしもそうでは無いというのは確かにそうだと思います。ただ、就活という人生の岐路に立つ中で、留学で得た経験から自分を見つめ直すことに自分はものすごく大きな意義を感じました。

 

内省が長くなってしまいましたが、その後の就活は早期化している中でも比較的順調に進んだ方であったと思います。過程で面接で緊張しすぎたり、進路について考え込むなど、全てが完璧だったわけではありませんが、それでも多くの企業の方とお話をし、良い企業とのご縁もあったので非常に納得のいく就活だったと個人的に思います。

 

就活とは全く別のお話になるのですが、秋学期には留学生がたくさんいる授業を履修しました。そこでも本当に多くの友だちに会いました。中でも、ニューヨークから来ていたアメリカ人の友だちと本当に仲良くなりました。グループワークの中で彼から話しかけてくれたのですが、非常に流暢な日本語を喋れるとのことでした。副専攻で学んだだけでなんでそこまで喋れるのかと驚きでした。

 

授業後には彼も含めたアメリカ人の友だちとでカフェテリアでいつものんびり過ごしていたのですが、この時間がまた、留学の時とは違う楽しさがあって本当に好きでした。みんながそれぞれ自由気ままに話したいことを話す空間であったので就活の合間のリフレッシュとして本当に助けになりました。時に彼らとふらっと居酒屋に行ったりするのも非常に良い時間でした。

 

他にもスウェーデン時代の友だちが日本に留学していたので彼女たちともよく一緒に遊びました。東京に住んでいた彼女たちの家の近くの公園に行ったり、渋谷や新宿の居酒屋に行ったり、時には自分の住む街に遊びに来てくれたりもしました。スウェーデンにいた時は、そこまで頻繁に会ってはいなかったのですがこうやって日本で遊んでいる時には彼女たちの全く新しい一面が見れたりして、本当に楽しかったです。

 

スウェーデン人の友だちと遊んでいる時も、やはり留学とはまた違った楽しさがあったのですが、スウェーデンやヨーテボリが話題に昇ることが多かったため、たまに日本にいながら留学時代に戻っている気分にもなりました。またしても、良き友人に恵まれてよかったと思います。このことについてはまた別途記事を出していこうと思います。

 

春休みの京都旅行。改めて国内旅行の良さも再認識できました。

新たなステージに向かう春

そして今年の春から大学4年生になりました。就活もこの頃には少しずつ落ち着いてきていました。この大学で過ごす最後の年に後悔がないようにと思い、新たなことを始めました。フランス語の履修です。これまでも細々とやってはいたのですが、中々しっかりと時間を取ることができていなかったことと、一度もしっかりと文法の勉強をしたことがなかったので基礎土台を作るという意味で履修をしました。

 

他にもゼミで最高学年になり、いよいよ卒論がスタートしました。前の学期でおおよそのテーマを決めたのですが、中々形にして書き出すのは大変でした。また、自分の学ぶ心理学というフィールドでは調査や実験が必要になります。その設計はもちろん、調査先への依頼や連絡などやることが山積みであったのですが、こうして明確なゴールがあると非常に動き出しやすかったです。

 

前の学期でできたアメリカ人の友だちやスウェーデン人の友だちと遊びながら、卒論とフランス語とバイトをこなして過ごす日々を送りました。焦りこそないものの、かなり忙しくて充実した日々となりました。

 

そして、この夏には帰ってきてからずっと待ち望んでいたヨーロッパ旅行に行くことにしました。訪れる国は、ハンガリー、フランス、スウェーデンです。主にかつての友人を訪れる旅となり、一年ぶりの再会が待ちきれません。この旅路も留学日記と同じように発信していければと思っているので、しばしお待ちください。

 

こうして気持ちの浮き沈みこそあれど、非常に充実した留学後の生活を送れたと思います。残りの学生期間、また社会人になってもたくさんの良縁に恵まれ、楽しく充実した日々になればと思います。それでは、また。

Following life 2 自分にとっての海外

〜帰国後の今、海外という存在は?〜

こんにちは。お久しぶりです。突飛に英語の記事を更新して以来のご挨拶となりますが、またこうして発信をしていくことができることを大変嬉しく思います。前回の記事は留学先の友人に自身の日本での様子をお伝えすることが主旨となっていましたが、今回の記事では、留学を終えた今、改めて海外という存在がどのようなものであるかについて記事にできたらと思います。

 

初めに、帰国後の私についてですが、現在は大学に復帰して3年生として新たなスタートをきりました。同時に就活生という新たなステータスを得ました。大変濃密な一年間をスウェーデンで過ごした後で、改めて日本の大学で勉強をすることに気を揉んでいます。それでも現在はこれまでに支えられた友人はもちろん、新たな人々との出会いもあって苦しみながらも有意な時間を過ごしております。

 

さて、私の近況報告はこの程度にして早速本題に入りたいと思います。今回の記事は完全に自己満ではありますが、このブログの一番最初の記事である「海外を恐れずに(留学準備編)」へのアンサーを書き綴っていきたいと思います。

 

出発前は燻り続けていた世界に飛び出したいという思いを交換留学への挑戦で実現させることができたと考えていました。もちろんこの挑戦は今でも正しいと思っていますし、その挑戦がなければ今こうして数々の思い出を噛み締めることができていなかったと思うと、留学に行く決断をした自身には感謝すらしています。

 

しかし、この留学を受け止める上で、過去の挑戦した自分に酔っているだけでは折角行った留学の価値が半減してしまう気がしています。なので今回はそのような自身の中での海外という存在を今一度整理して、今後、自分がどうなっていきたいのかということとセットで皆さんにお伝えできればと思います。ただの自省録ですが、もしこの駄文の中に皆さんにとって何か有益な情報があれば大変嬉しく思います。

 

出発前の高揚感は今でも思い出されます。

 

①「海外」という言葉の認識

みなさんは海外といった言葉をどのように定義しますか。文字通り海の向こうにある地域や国を思い浮かべると思いますが、具体的に浮かんできた国は渡航経験の有無に関わらず、かなり個人的な愛着がある国や地域になると思います。

 

自分の場合はもちろんヨーロッパです。幼少期に過ごしたドイツや、今回一年間過ごしたスウェーデンという国によって形成されたものです。実際にドイツやスウェーデンに対しては他の国以上の個人的なつながりを感じています。自分の海外志向の種はこの繋がりを希求する、もしくは深めたいという願望から来るものであると思います。

 

しかし、海外という言葉は自分の好きな地域のみを指して使われがちであると留学を通じて感じました。クロアチアやハンガリーなど東欧の国に旅行した際に大変魅力に詰まった地域でありましたが、恥ずかしながら留学に行く前まで海外という言葉で真っ先に思いつく国ではありませんでした。

 

結論としては海外という大きなカテゴリーで留学を話すことで取りこぼしてしまう地域的な魅力がたくさんあるということです。加えて、自分の好きな地域だけで異文化体験を語ることで自身の内側で形成された文化的なバイアスが大きく作用してしまう気もします。例えば、留学前は昔住んでいたことや歴史で習ったというイメージのみでドイツという国を解釈していたのですが、実際に足を運んで感じるドイツは全く異なるものでした。そしてこうしたギャップを発見するのはとても楽しいことであると実感できました。

 

こうしたカテゴライズ化が生じていることに気づかないままに漠然と「海外に行きたい」と思っているだけでは、世界中に転がる沢山の魅力を見落としてしまうと思いました。例えばまだ足を運んだことないアフリカ大陸や南北アメリカ大陸などには本当に多くの気づきや発見が転がっていると思います。自分の一生を費やして多くの発見を積み重ねることで余すことなく海外というものを探求していきたいという夢をこの留学で見つけることができました。

 

②日本の外に”住む”ということ

もう一つ大きく認識が変わったことがあります。それは海外に住むということがどういうことなのかということです。これは旅行をするときに感じる人が多いと思いますが、どれぐらいその土地のことを知ることができるのかということです。

 

留学を終えて、友人にもよく一年間いればその土地のことがよく分かるよねと言われますが、留学で知ることができることは非常に限定的であることを痛感しました。期間が長い分旅行よりは解像度高く知ることができるものの、まだ知ることができなかったものが山のようにあると痛感しています。

 

そもそも旅行で知ることができるものが限定的である理由は時間的な制約や言語の壁によってそもそも現地の人との交流機会を持てないことだと思います。一方で留学に関しては一年間その地に定住して現地の人とも交流する機会もたくさんありました。それでも留学の限界を感じた理由には以下の2点があると思います。

 

1点目はゲストとしての立ち位置です。現地で限りなくローカルに近い生活ができるとはいえ、あくまでも留学生としてゲスト枠が与えられた上でのものです。いざという時にはヨーテボリ大学や自分の母校が味方となってくれます。そして生活圏が都心であることにより、比較的治安の良い生活圏内に留まることができていました。もちろんこのような生活も楽しかったのですが、やはり実際に留学以外で海外に出て暮らしていく際に、この防御壁があるのとないのとでは大きくハードルの高さが変わってくると思います。これは交換留学生である以上仕方がないことでありますが、この「行かせてもらった、住まわせてもらった」留学であることは振り返ったり、今後に繋げる上で強く意識するべきであると思います。

 

2点目は完全に自分のせいなのですが言語の壁です。これは最も大きな課題である気がします。この1年間、自分は英語を話して生活をしてきましたが、もちろん、これは現地スウェーデン人にとっても、自分にとっても第一言語ではありません。お互い一定程度の英語力を持っていたので、コミュニケーションで困ることは滅多にありませんでしたが、それでも本当に現地の友だちや人からスウェーデンやヨーテボリに住むことがどういうことかを学びたいのであればスウェーデン語を勉強するべきでした。

 

特に言語の面では後悔が大きく、スウェーデン人が寛容にも英語を話してくれるということに甘んじてスウェーデン語を学ばなかったことで知りきれなかった文化や慣習がたくさんあったと思います。自分の怠惰でこうした機会を逃してしまった経験も今後のための良き薬になったと思います。将来もし日本の外に住む機会があれば、その土地の言語を学んでいくべきだという意識を持てたという意味では大きな学びであったと思います。

 

以上の2つの壁があるからこそ、1年間の留学で全てを知ることは到底できないと感じました。しかし、自分的にはそこに落胆をすることは一切なく、むしろ、もっとその先を知る、すなわち、日本の外で働いてみたいという思いに繋がりました。やはり、就労するとなれば、一定程度の長期間、その土地にコミットできることに加えて、仕事というより現地の人と密にコミュニケーションをとる機会が多くなることから、もっと日本の外について理解を深めることができると思います。

 

今は、そこに向かって絶賛就職活動中です。どのような結果になるにせよ、こうして私自身の個人の人生軸が留学を通じて定まったことで目的意識をはっきりと持って取り組めていて、それは非常に幸せなことであると思います。

 

大変長くなってしまいましたが、この自分の価値観が誰かに共感していただけたり、また願わくば、海外挑戦の後押しになればと思い、綴らせていただきました。かなり真面目な内容になりましたが、次回以降からはもっとフランクな記事もたくさん出していきたいと思います。それでは、また。

Following life 1 How did I feel after Erasmus?

〜Japan from the viewpoint of Erasmus Student〜

Hi, there. Hope y'all are alright. Can you believe it's already been 4 months since I came back here. Every single time I talked with friends who have done exchanging, most of them said it's such a "special" things. Spot on. I felt it in exactly same way and it wouldn't be possible to enrich my life without experiencing this Erasums. 

 

At the same time, my follwing life in Japan, which I couldn't show you guys while we're in Sweden, could be interestining. And the biggest reason to write this article is that it allows me to show my "personal" life. Erasmus is a crosscultural event. It means I shouldn't be too much to show my personal stuff but rather generalize Japanese things to make sure that every international student can understand how my culture is. I surely love that sort of cultural explorasion but not much enough to tell how I am to be fair.

 

And it's time to write English article to deliver my genuine feelings and ideas to all of my international friends. Not sure my Engish is good enough tho lol 

 

Anyway let's get started. Hope you guys like this series of articles and in case you don't, let me know. I'll fix it then.

 

First, I'd talk about exactly how I felt when I came back. I think it is the most depressing moment I've ever had. Soon after I steped into this land, I couldn't feel it is my homeland here. It was such a weird feelings. Of course I'm so happy to meet my family and friends who I hadn't met. But it's well hard to switch my mind completely into the mode that I used to have.

 

Anyway I'm gonna tell how I has been doing. First I need to mention how humid it was in June. Literally one second after I got off the plane, it annoyingly made me feel so unconfortable. Since I was enjoying Swedish summer (greatest wheather I've ever experienced), this humidity made me confront tough reality that I came back.

 

proper humid land

I went out from the gate, I found my parents since they came to airport to pick me up. After talking a little bit (we don't hug or kiss since Japanese culture doesn't have this sort of custom lol), we are heading to our car. On the way of going home, bunch of skyscrapers were showing up. Since I haven't seen such high buildings in Sweden, I felt a bit dizzy. 

 

After talikng about tons of stories to my parents, I finally reach my home. Then I realized I came back where I used to live. My room hasn't changed at all. And my cat was there. I would feel as if I woke up there after sleeping one year. Taking rest for couple of hours, then I went out sushi restaurant with my family. Cheap and tasty. If you are from France, I hope you can understand it imagning going to bakery for the first time since you came back there. Culture of cuisine is solidly based on where we've been bred. I enjoyed it a lot. 

 

After that, I get back Japanese culture like humid summer, crowded train, eating outside 3 times in a week. All felt good but I cannot but miss and think about Swedish life. Since at that time, pretty many of my Japanese friends were still in Sweden or Europe at least, I just felt like I was isolated in Japan. That was horrible feelings. And way worse, there was thing I had to do. That is job hunting. This literary gives me huge pressure and too hard to handle especially when I just came back from that enjoyable place.

 

I basically worked for job hunting and met some friends a few times in a week in June and July. Sounds tough, doesn't it? But I felt I should know how Erasmus works. It doesn't last forever. We're probabry allowed to complain but not change it. Absolutely not. Then I'd think I should trynna make my Japanese life as enjoyable as Erasmus. Though I have a stressful stuff like job hunting here in Japan, not so many of my friends speaks English and not really available to travle as much as I did, still I get notice one solid thing. The fact that I HAVE CHANGED.

 

Speaking of life after Erasmus, some students could say that it's really hard to fit into their own counties again now that they changed a lot. They perhaps even feel more confortable in the host country. I painfully get what they think. But at the same time, I could change situation surronding me thanks to shifting  of my mind. I'm no longer afraid of speaking English and communicate with international friends. Rather, I've sought opportuniteis to do so. I took this changes positively and that absolutely helps my Japanese life more exciting and stimulative. 

 

With that mind, I keep updating this platform to let you know how everything around me is going. Sometimes about my personal life, sometimes about international stuff, and could be pretty random topics. And I swear I'll publish English ones as much as posibble. Hope you'll enjoy all of them and keep eye on this blog. See you next time. 

6/16-17 (Day 305) From Gothenburg to Tokyo

〜涙渦巻く帰国日〜

最後に様々なことを思い出し、語り合い、時に涙したこのエアビでの一夜も圧倒いう間に終わり、ついに帰国日の朝を迎えました。本当にここを離れる実感はゼロですが、それでも1日後には日本に戻っているという変えられない現実に向き合う度に、苦しくなります。

 

全ての荷物を片付けて、荷物を全て詰めてエアビを出る準備をしました。エアビを出て、中央駅に向かうためにトラムに乗りました。道中、みんな口数が減ってしまったことも終わりを物語っていて、心にぽっかりと穴が開きそうでした。

 

最後の中央駅。綺麗な晴れ模様で見送られました。

大きなスーツケースを2個抱えていたので、クロエに手伝ってもらいながら、トラムに乗り、みんなで中央駅に向かいました。中央駅からは、自分とクロエはヨーテボリ空港に向かうためのバスに乗り、マノンと日本人の友達たちはコペンハーゲンの空港に向かうためのバスに乗ることになっていました。

 

中央駅では、ここではマノンとの別れることになりました。この一年間、とてつもなく長い時間を一緒に過ごし、笑い合い、苦しい時は支え合い、日々のご飯や遊びを始め、旅行にも一緒に行った彼女と別れる実感はこうして帰国してしばらく経った今も全く実感がありません。

 

バスの出発ギリギリまでいつもの別れのルーティンを繰り返し、何度もすぐに会おうと約束をしました。お互いこれから一年は全く違う生活を歩むことになりますが、それでもまた一年後にお互いの国で会えるのが楽しみで仕方ないです。惜しみながらも別れて、バスは空港に向けて出発していきましたが、見えなくなるまでずっと手を振っていました。

 

空港に向かう道中はずっとクロエと話をしました。本当に最後の最後になるともう悲しみすら湧いてきませんでした。ひたすら思い出話に耽っているとあっという間に空港に到着しました。帰りの飛行機のチェックインを済ませて、一応スーツケースの重さを測ると片方が1kg オーバーしていたので無理やり別のスーツケースのポケットに詰め込みました。

 

カウンターにクロエが一緒に並んでくれたのですが、なんだか一緒に日本に旅行に行くような気分になりました。2人で必死に帰国をするという現実から目を逸らしていつも通りの会話をしました。無理に元気に会話をしていても楽しめるのは、本当に彼女ぐらいであると思います。

 

セキュリティーを通り、最後に朝昼ごはんを食べようということで空港のエスプレッソハウスに行きました。最後のシナモンロールを注文して、機内で食べるために取っておきました。

 

クロエは、この後は地元の友達と一緒にギリシャにバカンスをしに行くので、幸いにも同じEU圏の搭乗ゲートで待つことができました。ベンチに座りながら刻一刻と迫ってくる出国時間に胸を締め付けられていました。途中でクロエの提案でお互いの手紙を読むことにしました。ここでもう感情がぐちゃぐちゃになってしまいました。

 

これまで過ごしてきたすべての時間がフラッシュバックしてきましたね。一年とは思えない濃密な時間でした。それにもお別れを告げる時が来てしまいました。フィンエアーの搭乗時間です。列の最後尾に行って、少しでもそばにいる時間を作りました。チケットをかざしてゲートを通った後も、別れのハグを続けました。最後に言った"See you soon"はこれまでの日常の別れの言葉でもありました。"Soon"が少し長くなってしまいますが、本当に再会の日を心待ちにしています。

 

その後、もう全てに別れを告げて飛行機に乗り込みました。フィンエアーはこれまで旅行で乗ってきたどのLCCよりも快適でしたが、ここまで辛いフライトはこれまで経験したことがありませんでした。

 

ここの光景を思い出すだけで胸が苦しくなります。

離陸していよいよスウェーデンを離れたところでみんなで交わした手紙を読みました。日常を振り返る言葉や自分に向けられた温かい言葉を噛み締め、彼女たちがもう近くにいないという現実に涙を抑えられませんでした。私、21年の人生で涙を流したのは本当に久しぶりであったと思います。もちろん、悲しいという思いを捨て切ることはできませんが、彼女たちが、一生、家族のような存在でい続けていくれるんだなということを実感すると、とても幸せであるというのもまた確かな感情としてありました。

 

こうして一通り手紙に目を通したところで二日間一睡もしてなかったことでの睡魔が襲ってきました。ウェルカムドリンクもそっちのけで爆睡しているとあっという間に経由地であるヘルシンキに到着しました。

 

空港でみんなにヘルシンキに着いたことを報告してからEUを出る手続きを済ませました。なんか行きより適当に済ませられた感がありましたが、無事に終わったので早速ゲートに向かいました。行き先で東京という表示を見つけた時は本当に帰るんだなという感覚でした。

 

2時間のトランジットで、できることもほとんどないのでそのままゲートの前でみんなにメッセージを送っていました。いよいよ1年ぶりの日本と家族と友達と再会です。不思議な感覚でしたが、正直言って、疲れすぎて帰国を噛み締めている余裕はあまりありませんでした。

 

そんな感じで飛行機に乗り込み、機内食を食べて、爆睡しているとあっという間に13時間のフライトは終わりました。ついに帰ってきました。初手の感想は蒸し暑いです。梅雨の気候があまりにもシビアすぎると少し絶望しました笑

 

機内食一発目。そこまで悪くなかったです。

機内食2発目。オムレツは美味しかったですが、味を楽しむ余裕はゼロでした。

そんな感じでフラっとゲートを出ようと入管ゲートにパスポートをかざしたところ、うまく反応しません。有人ゲートに案内されてそこでもスタッフの方が不可解な顔をして、出国履歴がないんですけどと一言。そうなんですね、パスポート盗まれて再発行すると、入国に手続きが必要になるみたいです。知らんかった。

 

別室には行かなくて済んだものの少し出るのに時間がかかりました。その後は無事にスーツケースを回収して家族と再会を果たして車で家に帰宅しました。全ての会話や表記が日本語で少し戸惑いましたが、帰ってきたことを実感しましたね。

 

いよいよ。観光客気分で入国しました。

こうして、長いようで短いスウェーデン留学は完全に幕を閉じました。まずは、更新が遅れたこと、大変申し訳ありませんでした。これは今後また記事にしていこうと思いますが、帰ってからは後処理やら就活やらとやることが山積みで中々手がつけられず、あっという間に帰国から2ヶ月が経ってしまいました。

 

留学期間中、ここで色々発信をすることこそが私の活動するエネルギーの源となっていました。拙い文章ながらご愛読いただいた方には心から感謝申し上げます。留学生活は終わりとなりましたが、自身が留学生であったということは変わらず、今後も留学やヨーロッパ、時に私のパーソナルなことも発信をしていきたいと思うのでぜひこれからもこの留学ブログをどうぞよろしくお願いいたします。ちなみに、就活の息抜きに留学中は発信できなかったネタを都度ブログにしていきたいと思っております。

 

そして、留学は終わりましたが、ここで出てきたかけがえのない友人との絆は絶対に消えないほど強固なものでした。人に恵まれていると自負をする自身の人生の中でもこの一年間の出会いは格別であると思います。大事に大事にこれからもその友情の様子をこのブログを通じて、届けていきたいと思います。それでは、みなさん、どうもありがとうございました。

 

Thank you so much for reading all those blogs. I took up so much time to be done everything here and probably all of the contents might start gone from the mind of you guys lol And due to my lazyness, I wrote down everything in Japanese (I'd say pretty much better than my broken English) and that's prevented you guys from reading comfortably since all the sentence could be weird translation (I know translation machine doesn't work well all the time).

 

Now that I've completed, I wanna say I made it thanks to y'all who's read this personal diary. I'd tell two appreciations. First, thank you for reading it. It's definetly so supportive for me to know that many people read it and some let me hear your opinions about it. Second, thank you for allowing me to have so many special moments that made me feel like writing down here. Bet I couldn't do anything without them. All the dinner, hanging out, travelings enriched this blogs so much. 

 

So let me say this, when you would be badly missing your Erasmus or just feel sad or negative, plz come back here and remember our beautiful and fantastic days. And I think I will write more about my Erasums, my life in Japan or elsewhere and how my friendship in Erasums will be going. Hope some could help you feel better to move forward to next phases of your life but don't forget here is also the place to take back your beautiful memories. 

 

Hope for all your happiness! See you soon! À bientôt!! (Ofc I try to put as many French phrases that I know as possible even here).

 

Thank you so much!  Tack så mycket!! Merci beaucoup! 

6/15 (Day 304) Last day in Gothenburg

〜とうとう迎えてしまったこの日〜

今日はエアビですっきりと目覚めたのですが、非常に心が苦しかったです。いよいよ今日がヨーテボリで過ごす最終日になります。本当にたくさんのことをしたこの街も、今日するすべてのことが最後になってしまうと思うと相当心にくるものがあります。

 

それでも最後ぐらいは生産的な1日にしようということで朝からカフェに出発。これまで何度も通ったアベニューという通りにある友達のお気に入りのカフェに行きました。コーヒーを飲みながら語り合いました。最後のFikaです。この文化は絶対に日本に持ち帰ることにします。

 

そして、もうすぐ帰るのに、待ちきれずにクロワッサンを頼んだクロエを笑いながら談笑をして、カフェを後にしました。日本人の友だちはこのカフェの常連だったようで、最後に店員さんに挨拶しに行っていました。店員さんに顔覚えられてるってすごいですよね。

 

その後、今日はLGBTGの日であり、ちょうどカフェの前の通りでprideの行進があったので見に行くことにしました。実に多くの団体が参加していて、最後にここまで大きなパレードを見れてよかったです。

 

今まで見た行進で一番大きかったと思います。

警察が参加していたことは大変驚きました。公の組織がここに参加する意味は非常に大きいと感じます。また、行進の一番最後はパレスチナのデモであり、この日にもパレスチナは迫害されているというものでした。大きな社会課題で喫緊の社会課題の対立は現代社会における非常に難しい問題であると同時に、これに1人でも多く当事者意識を持っていくことが大切であると感じました。

 

その後は、一旦エアビに戻って休憩をしました。各々が時間を過ごしましたが、黙っていると寂しいのでひたすら友だちに話しかけ続けていたのですが、みんな手紙を書くのに忙しそうでした笑

 

その後、雨が降っている中で最後の夕飯を食べに行きました。最後の締めはキングスヘッドです。今まで何度お世話になったか分からないこのバーですが、今日は土曜日ということでタコスのビュッフェを食べることができました。やはり土曜日のこのビュッフェが一番美味しいです。

 

途中でラスロが合流してきたのでみんなで一緒にビールを飲みながら少し話した後に、一旦解散して、ラスロと一緒にオロフに向かいました。ここでは、日本人の友だちが、モロッコのヤシンと一緒にサッカーの試合を観ると誘ってくれたので向かいました。

 

着くとヤシンがモロッコのお茶を作ってくれました。甘くてとてもおいしかったです。その後みんなで試合を見たのですが、あっという間に遅くになってしまったのでエアビに戻ることにしました。

 

このお茶が優しい味で大変おいしかったです。
彼によると、このお茶は、お酒が飲めないイスラム教徒の嗜みらしいです。

ヤシンに最後に会うことができて本当によかったです。最後にモロッコの可愛い雑貨をくれました。本当に素敵なプレゼントです。来年彼が日本に来た際には、また色んなことを一緒にしたいなと思います。日本人の友だちは2週間後にすぐ会うので軽めの別れの挨拶で済ませました笑 寮に最後まで不法滞在をしているあたり、本当に良い友人だなと思います笑

 

その後、ラスロと一緒にエアビに戻りました。少しビールを飲みながら最後にじっくりと語り合い、来年の再開を約束してまだ契約が残っていてオロフに泊まっている彼と別れることにしました。彼がいなかったら今日エアビに一緒に泊まっている誰1人とも仲良くなることができなかったので彼には、感謝しかないです。次の再会が日本になるか、スイスになるかフランスになるかはわかりませんが、少しでも早く再会していきたいです。

 

その後は、エアビで正真正銘最後の時間を過ごしました。最初の方はかくれんぼをしたり、エアビを走り回ったりとはしゃいでいたのですが、夜中に手紙を交換した時でした。マノンと1人の日本人の友だちが号泣し始めました。

 

その後、クロエも、もう1人の日本人の友達も泣き始めて、非常に感傷的なムードでした。この時ほど別れの切なさを感じた瞬間はありませんでした。自分は手紙は飛行機の中で読むと決めていたので取っておくことにしました。

 

自分たちの気持ちを映し出したような強烈な朝焼けでした。

そうして、みんなで抱き合いながら最後の時間を一緒に過ごしました。こんなに悲しくなるのはつらいですが、ここまで強烈な思いを抱かせてくれる美しい友情を得ることができたことへの喜びと、家族同然に自分に接してくれた全員に感謝をやめることができません。

 

こうした強い思いは来年もそのまた次も、その次も絶対に再会をしようという強い思いに繋がっていくと信じています。いや、というかもう絶対に来年ヨーロッパ行きます。フランスでまた、みんなで食卓を囲んでお泊まり会をするのが待ちきれません。

 

もちろん、今日は一睡もせずに起きていたので最後までみんなと尽きることがない話をして過ごしました。今日の朝には空港に向けて出発します。この人生で最も強烈な思いを抱いた留学最終日でした。本当にここで出会ったみんなが、ヨーテボリが本当に大好きです。kärlek till göteborg❤️

 

それでは、また。

6/14 (Day 303) Bye, home sweet home

〜ついに寮とお別れ〜

今日はとうとう退寮の日となりました。とはいっても、余韻に浸る時間は1秒もなく、昨晩から一睡もせずに、次々出てくる荷物をスーツケースに放り込んで、使わない生活用品を全て、IKEAのバッグに詰めました。

 

バタバタと動き回ってやっと昼頃に全ての作業を終えました。特に部屋の掃除は徹底的にやらないと、点検業者に罰金を払わされる可能性があるので、これまでにないほど細かに掃除をしました。ゴミ捨て場とフリーショップと部屋を冗談抜きで10往復ほどして、やっと終わりました。

 

終わり次第、マノン、クロエといつもの日本人の友だちと合流をしました。実は帰国まであと、2日あるので、今晩と明日の晩はこの5人でエアビに泊まることにしました。ヨーテボリのエアビに泊まるのが感覚として、すごい不思議でそれが退寮をしたという現実を突きつけてきます。

 

ともあれ、みんな大荷物を抱えて移動しました。場所は中心街に近いところで、かなりこう立地でした。トラムで移動をして到着すると、とても広い部屋で非常に快適に過ごすことができそうな場所でした。

 

テラスからの様子。寮より快適じゃね、なんていう冗談も言っていました笑

朝から寝ず、食わずで動いていたので、みんなでお昼ご飯を食べにいくことにしました。自分以外は何回か来たことがあるというレヴァノン料理のレストランに行きました。初めてでしたが、ヴェジタリアンのビュッフェでこれまで口にしたことがない、美味しい料理がたくさんありました。最後にまた良い、レストランを見つけることができてよかったです。

 

その後は、自転車で中心街まで戻り、寮の鍵をオフィスに返しにいきました。これで本当にあの寮とはお別れでした。本当に長い時間をあの寮で過ごしていたので、心にポッカリと穴が空いたような寂しさでした。それでも、みんなでまだ1日あると励まし合いながら、夕飯の買い出しに出ました。

 

天気も夕方になるにつれて、回復していきました。

この後、みんなはそれぞれ買い物をすると言っていたので、自分は買った食材を持って一旦エアビに戻りました。食材を置いて、すぐに中央駅に向かったのは、仲が良かった日本人の友達が今日、日本へと旅立つからです。

 

まだ残っていた日本人の友達2人と一緒に見送ったのですが、彼は帰国の日も空港行きのバスの時間ギリギリに現れました。最後までブレないですごいなと思うと同時に、彼とも本当に貴重な時間を過ごすことができて良かったなと思いました。

 

残った友達とも最後の別れを告げて、少しカフェに向かいました。ここ最近、ばたばたとしていたせいで最後に一緒にエアビに泊まる友達への手紙が書けていなかったので、最後にセントラルのお気に入りのカフェで書くことにしました。

 

かなり時間がかかってしまったのですが、無事に終わらせた後、エアビに再び帰還しました。今晩はみんなが余っていた材料を持ち寄って、カレーを作りました。何度も何度も口にしたカレーですが、今回はクロエとマノンからの提案だったので最後に食べたいと思い、採用されました。

 

こうして食卓を囲むのは今日が最後になります。悲しい。

作りながら、かなり感傷的になり、しんみりとして雰囲気になったりもしましたが、楽しく最後の友達との夕飯を楽しみました。明日何をするかを決めた後に、みんなで本当に数え切れないほど、多くの話をしました。

 

この先、長い距離ができても、絶対にまた集まろうと約束をして、明日も活動するので寝ることにしました。明日はいよいよ最後の日です。絶対に感傷的になって、辛いのでしょうが、最後の最後まで走り抜きます。それでは、また。

6/13 (Day 302) Last dinner in my kitchen

〜愛しきキッチンへのお別れ〜

昨日の夜も結局クロエと会っていたので非常に夜が遅くなってしまいました。しかし、怒涛のお別れラッシュが続き、今日は一番最初に仲良くなった日本人の友達が帰国してしまう日だったので朝からバス停まで一緒に向かいました。

 

彼とは帰国後の6月下旬に会う約束をしていたのですが、それでもここで出会い、長い時間を過ごしてきた友だちが去っていくのは大変心苦しいです。他にも何人か来ていた日本人の友だちと一緒に彼にお別れを言って、彼がバスで去っていくのを見届けました。

 

なんとも言えない喪失感のまま家に戻り、部屋の片付けをしました。本当にここを明日出ていくのかと思うとすごい空虚な気持ちが押し寄せてきます。それでもいつかは来ると分かっていた現実なので受け止めるしかないですね。

 

そのまま、キッチンに向かい、昼ごはんには残っていた日本食を消費して簡単に済ませました。実際、全くお腹が空いていなくて、全然食事が喉を通らなかったのですが、無理やり口にしていました。

 

大量の食材が余ったので、来年もここに残るスウェーデン人のキッチンメイトのエリアスに消費してくれとメッセージを入れて、冷蔵庫に残してきました。ついでにキッチンの棚にあったいらないものを全て回収して部屋に持っていきました。

 

その後は、部屋の掃除で出たゴミをひとまとめにして、キッチンのゴミと一緒に捨てにいきました。夏が近づき、虫やネズミやらが大量に湧いて怖いというマノンを待って、一緒に行きました。来た当初はこの小さいハエが気持ち悪くて仕方なかったですが、今となっては気にならなくなりました笑

 

お土産の補充のためにその後は寮の近くのWillysに足を運びました。数えきれないほどお世話になったこのWillysも今日で最後です。最後にお土産用のトートバッグを9個も買うという太客っぷりを見せて去りました笑

 

その後は、フランス人の仲良しグループの何人かが、明日ノルウェーのロフォテン島に出発するので最後にみんなで夜ご飯を食べました。場所はもちろん、自分のキッチンです。比較的広かったここも、10人集まるとかなりの人口密度です。

 

ここの場所で集まって食べた一つ一つの食事会が本当に楽しくて、これが最後になってしまうのは本当につらくてつらくて仕方ないです。ここで交わした小さな会話もジョークも全て鮮明に頭に残っています。こんな素敵な寮にみんなが集まったことに感謝しててもしきれないです。

 

みんながいらなくなった食材をそのまま持ってきたので信じられない量になりました笑

その後は同じ建物に住む日本人の友だちとその友だちで軽く最後の飲み会をしました。この友だちの部屋にも何十回も通ったので自分の部屋張りに愛着が湧いています。間違いなく、この寮がヨーテボリで一番好きな場所です。

 

今日1日を通じてかなり多くの人と別れましたが、来年にヨーロッパに旅行で戻ってきた時、誇張ではなく、全員に会いに行きたいです。そう思えるほど貴重な友だちに恵まれたことを、心から幸せなことだと思います。明日は退寮して最後の2日を友だちとエアビで過ごすので今日は夜通し片付けをします。頑張ります。それでは、また。